Xbox Oneの発売前に開発者によって語られた言葉「無限のクラウドパワー」。
ユーザー側から見るとクラウドは非常にわかりづらいものですが、一体クラウドパワーとは何だったのでしょうか。この記事ではXboxのクラウドパワーについてご説明します。
無限のクラウドパワーとは何なのか?
そもそも無限のクラウドパワーとは誰がいつ言った言葉なのでしょうか。これは、Xbox Oneのエンジニアリングマネージャー、ジェフヘンショウ氏が2013年に発言した言葉が元となっています。
ヘンショー氏は、当時新型ゲーム機であるXbox Oneについて、『Xbox 360の10台分の性能を持つが、クラウドを使えば無限の処理性能をもたらす』と説明しました。
またクラウドを使うことで、『他のデバイスなら地面に穴が空くほど溶けるようなタスクを汗をかくこともなく処理することが出来る』と説明しました。
ゲーム処理の一部を本体ではなく、クラウドで処理出来ることにより、Xboxには無限の可能性があるという意味で使われていた言葉ということになります。
ジェフヘンショー氏について
1990年からマイクロソフトに勤めていたベテランエンジニアです。Xboxプロジェクトの立ち上げやXbox Liveの策定の一人であり、Xbox Oneの世代ではグループプログラムマネージャーとしてXboxを支えました。その後、マイクロソフトの量子コンピューティング部門へと異動になり、2022年に退社。現在はEmpwr.aiのアドバイザーとして活躍しています。
なぜクラウドはXboxならではなのか
では続いてクラウドはXboxならではの機能だとしてアピールされたのでしょうか。Xbox Oneの本体ではなく、クラウドサーバーで処理をするというのであれば、PlayStationやNintendoのゲーム機でも可能なことです。
理由はマイクロソフトがクラウドに強い会社だからです。Microsoft Azureは業界2位のクラウドサービスであり、世界中に多くのリージョンがあるため、遅延が少なくゲームとも相性が良いとされています。またMicrosoft Azureには、Azure Playfabを初めとするゲームマネジメントサービスなども提供されており、ゲームを支えています。
現在ではクラウドはPlayStationやNintendoのプラットフォームでも少なからず使われていますが、いち早くゲームソフトとの統合を目指したのはXboxの特徴の1つでした。
補足
クラウドと単に言っても様々なクラウドがあります。マイクロソフトが当時しましていたのは、『クラウドコンピューティング』の意味で使われていた物と思われます。クラウドコンピューティングとは、処理の一部をクラウドで処理をするというものです。
最近Xbox Cloud Gamingなどで使われている物は『クラウドゲーミング』とよばれるもので、これはゲームのほぼ全ての処理をサーバー側で行い、ゲーム映像を受け取りながら、入力を送信するというものです。
クラウドという言葉でややこしいですが、内容は結構異なるのでご注意ください。
クラウドはなぜあまり使われていないのか
Xbox Oneのゲームタイトルでのクラウドが採用されている事例はいくつかあります。初期の代表的なタイトルで言えば『Forza Motorsport 5』『Titanfall』『Halo: The Masterchief Collection』といったゲームタイトルです。それぞれ、AIによるプレイヤーの学習、マルチプレイサーバー、敵NPCなどに使用されましたが、クラウドを利用したタイトル自体はそれほど多くないと感じている人もいるかもしれません。発売前にはXbox Oneで大々的にアピールされた機能なのに、一体なぜでしょうか。
これについてはある意味『Kinectが現在のXboxで使われていないのとほぼ同じ理由』だといえます。Xbox Oneでは当初、Kinectやクラウドを売りにしていました。しかし方針転換でKinectは同梱をやめ、後に廃止されました。この影響で初期ではFPSのようなゲームでも部分的にKinect操作に対応している作品もありましたが、後期のXbox Oneゲームでは全く見なくなりました。ではクラウドはどうでしょうか。
Xbox Oneでは発売当時『オンライン常時接続』を掲げており、これによって『クラウド』と統合されたゲームデザインも想定されていたのではないかと考えることが出来ます。クラウドにはネットワークが必要であり、シングルプレイゲームでクラウドを前提とした設計にするとオフラインでプレイすることが出来なくなります。オンライン常時接続の思想はゲーマーから非常に反発されるものであり、Xbox Oneのクラウドを使ったゲーム体験も当初の計画よりも限定的なものにせざるを得ない状況になったと考えられます。
実際にマイクロソフトのクラウドが使われている例
では実際にマイクロソフトのクラウドが使われているタイトルの例を紹介します。
Microsoft Flight Simulator
Microsoft Flight Simulatorでは、クラウドネイティブのゲームデザインが行われており、Microsoft Azureによって、Azure計算や、サービスなどのソリューションを使うことが出来ます。実際のゲームでは地球のデータを利用することが出来ます。
No Man's Sky
No Man's Skyでは、ネットワークサービスのメンテナンスの負担を減らすためにMicrosoft Azureを採用しています。データベースがダウンしていてもセーブデータが失われないように、Azure Event Hubsを活用したり、クロスプレイのゲームプレイの実現するサーバーとして活用されています。
Fall Guys
Fall GuysではAzure Cosmos DBを採用し、非常に高速なレスポンスとスケーラブルな環境で動作しています。開発としてもAzure DevOpsでパイプラインを使ってコードを自動化するなど、MediatonicチームをAzureが支えています。
Minecraft: Realms
Minecraftは元々AWSで提供されていましたが、Microsoft Azureに完全に移行し、プライベートマルチプレイサーバー、Minecraft RealmsはMicrosoft Azureで提供されています。Azureにより、リソースの利用効率が向上し、アーキテクチャの柔軟性が高まっています。
結局無限のクラウドパワーは成功したのか
本体の処理の一部をクラウドを利用することで、無限のクラウドパワーが実現できる。こう聞くと非常に夢がある技術であると思う反面、嘘くさいと感じる方も多いでしょう。
実際ほとんどのゲームでクラウドのパワーは限定的なものとされており、マルチプレイサーバーや開発者がテレメトリデータを取るのにとどまっています。これはクラウドであっても、サーバーに負荷がかかることも影響していると考えられます。いくらマイクロソフトといえども、サーバーを無制限に使うと、他のサービスに影響する可能性もあります。またどんな製品にも費用対効果を考える必要があり、高度なクラウド処理によって、ゲームに利益がでなくなるのであれば意味がありません。
そういった中でいくつかのゲームタイトルではクラウドを活用しており、実際にクラウドパワーがなければ実現できないようなものもあります。代表的な例をいくつかご紹介します。
その1つが『Crackdown 3』です。これはゲームの物理演算および破壊表現をMicrosoft Azureのクラウドによって実現したゲームタイトルで、Xbox Oneのパワーでは実現できないような高度な破壊表現を実現しました。
もうひとつは『Microsoft Flight Simulator』です。航空管制はAIによって制御され、現実的な航空交通制御体験を実現しています。またAIは地球を再現するのにも使われているほか、大容量なマップデータにもクラウドのパワーは活用されました。
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さて、では結論としては『無限のクラウドパワー』は存在したといえるのでしょうか。
確かに『無限のクラウドパワー』という言葉が一人歩きしすぎていて、皆さんが思っているほどすごいものではないと感じるかもしれません。実際無限とはいっても、クラウドのコストや技術的な制約があるからです。しかし本体の性能以上のことが実現できており、それは日々進化し続けているという意味では、『無限のクラウドパワー』は本当だったといえるでしょう。
Microsoft Flight Simulatorのようなゲームを完全にローカル環境で動かすことは現実的に可能でしょうか?高度なAIによる音声合成、2PB(2000TB)を大きく超えるマップデータ、そしてリアルタイムシミュレーションされた地球、こういったものを利用するには、少なくとも今のゲーム機だけでは厳しいと言わざるを得ません。
しかしクラウドパワーによって、現在のXbox Series X|Sでは実際に『Microsoft Flight Simulator』のようなゲームをプレイすることが出来ます。Xbox Oneでも『Crackdown 3』や『Forza Horizon 5』のようなクラウドテクノロジーを使ったゲームは多くリリースされている他、次世代ゲーム機であるXbox Series X|S向けのゲームであってもXbox Cloud Gamingを使えばプレイすることが出来ます。
まさにXbox Oneの体験は無限大だといえるでしょう。
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従来のゲーム機であれば、『クラウドで次世代機用のゲームが遊べる』なんてこともあり得なかったはずです。Xbox Oneは少なくともこれを実現しており、まさに『無限のクラウドパワー』だったといえるでしょう。
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